最終更新日時:2025年02月04日 09時10分

2014年8月24日の活動

  

広島豪雨災害現場へ。(7時の飛行機で、災害現場に10時着)

広島市 安佐南区 八木地区(今日時点でこの地区だけで、死者29人、行方不明35人と、人的被害最大)。


行方不明者の捜索現場(広島市消防局の皆さん)。
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 私がお手伝いさせて頂いた現場は、行方不明者の捜索活動を、消防隊員が行っている3件隣りの家で、高台の一番上。グーグル航空写真で見ても、山の端まで住宅がある事が分かる(私が行ったのは航空写真で、梅林住宅と書いてある上の広場のように見える右側の住宅。龍華寺のすぐ下)。住宅街を上がっていく道は、息が切れるほどの急こう配。ママチャリでは上まで上がれない。


私がお手伝いしていたお宅(右のスコップ)から、行方不明者の捜索場所の距離感。
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 いつの災害でもそうだが、家の敷地内は復旧作業の重機は入れないので、住民やボランティアが手作業でやるしかない。

泥に足を取られながら、車を移動させる為、駐車場の泥やガレキをかき出す。
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 家の敷地に泥がたまり、車の先端が埋まって動かせなくなっているので、住民の方とまず車の下の泥をかき出そうとしたが、木の幹や枝、手ではちぎれない固いビニールなどがからまりまくっていて、最初はスコップの1/2分しか泥をかき出せない(自衛隊員が手で小さなガレキをリレーで運んでいるニュース映像を見て「もっと運べないのか」と思われたかも知れませんが、少しずつしかかき出せないと、やってみて実感した)。

道路側(左)からの泥や雨水の流入をくい止める為に、土のうを積んで、泥をかき出し、車を上に動かした。
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 そこで、車を持ち上げてからガレキをかき出そうと、私が地域を回ってジャッキを持っている方がいないか探し、ジャッキUPし、木を取り除き、泥をかき出し、車のエンジンをフル回転させながら大人4人で押して何とか車を動かした。車を動かしてみると、車が乗っかる程の泥が下にあった。

道路が冠水しているだけではなく、泥沼で進めないので、家の軒先を何とつたって住民の方と進む。
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 家の前の道路は、歩いて通れないほど冠水し、木やガレキが泥に埋まっている。家の駐車場が道路側に少し下っていて、これ以上浸水すると車が浸水してしまうので、駐車場の少しでも上のほうに今日動かさないと、大雨が夕方から降る予報なので車が壊れてしまう。今朝空港に着いた時に既に小雨が降り現地に着いた時は止んでいたが、今にも大雨が降り出しそうな空模様なので急がなければとあせるが、畳3枚分の広さの泥を大人4人でかき出すだけで1時間半はかかった。これでは高齢者は途方に暮れてしまう。泥を土のう袋に入れて、長い時間運ぶのは大変だ。

”まさ土”で、舗装された道を進むのも、注意が必要。
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 “まさ土(真砂土)”という崩れやすい土はTV報道で有名になったが、災害現場の道を進む際、復旧工事をやっていて迂回しようとすると、まさ土の土に足がどんどん埋まり足が完全に埋まってしまう。まるで底なし沼のようで、怖さを感じる。それでも人に迷惑をかける訳にはいかないので、自力で脱出。
 次に足を運ぶ所が泥で埋まらないかどうか、スコップで確かめながら進む。
 マスコミの記者が傘を差しながら歩いて来たので、傘を差すのではなく傘を杖のようにして歩かないと危ない、と薦めた。

ブロック塀にのぼらないと、移動出来ない。女性・高齢者は大変だ。
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 住民の方も、道や家の敷地が冠水していて進めないので、ブロック塀の上を渡ったり、冠水していない家の敷地に入ったり、(近所の方が声をかけ合い)近所の方に借りたハシゴを2つつないで、家に入ったりしていた。

愛媛県緊急救助隊の皆さん。避難指示が出て、現地本部に集まり、これから一旦下山するところ。
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 泥かき作業も泥に足を取られながらなので、普段動かさない方向に関節が動かざるを得ず、作業を終えた段階で既に足の関節回りが痛かった。行方不明者の捜索活動や復旧作業をされている方は、相当疲労困ぱいだと思う。愛媛県などの緊急消防援助隊や、陸上自衛隊の隊員の方に声をかけさせて頂いた。先に向こうから、「お疲れ様です」と声をかけても下さった。
 雨が降り避難指示が出て、捜索隊も住民も避難。上空には常にと言っていいほど、自衛隊・警察ヘリが山崩れの警戒で飛んでいた。

山から落ちてきた大木の山。
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 (山を下りながら、周囲の状況を撮影)

道の土砂。
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土砂崩れで横転した車と、上から落ちて来た岩。
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雨水や土砂によって、めくれ上がってしまったコンクリの歩道。
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家の敷地に流れ込む山からの雨水。
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山の下のほうに来て、次の作業現場は、山から住宅の敷地内に流れて来る大量の水を水の道をつくって流す作業。


雨水を家の敷地内から流す為に、雨水を通す部分は掘り、周りに土を盛ったり、土のうを積む作業。
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川ではなく、舗装された道路。
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道が川になってしまうので、石などを積んで排水溝へ雨水を流し、下の住宅に行かないようにする。
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 災害現場では、若いボランティアの方が男女共多かった。

狭山の子供達が折った鶴を、災害ボランティアセンターに戻って、飾ってくださいました。
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 災害ボランティアセンターに戻って、狭山の子供達が折った鶴(時間がなくて、千羽は折れませんでしたが)を飾って頂いた。

 

TVでよく出て来る県営住宅周辺の山崩れ現場(写真一番上から崩れているのが分かる)。
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広島市 安佐南区 八木地区 災害現場全景(災害現場はここだけではない)
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土砂崩れ現場(上部)。 地面がいかに深く削られているか、木の植わっている位置を見ると、良くわかる。
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土砂崩れ現場(上部)。人の大きさと比べても、こんな。
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土砂崩れ現場(中腹)。ここにも住宅があった。
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土砂崩れ現場(中腹やや下)。元あった家は、見る影もない。
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土砂崩れ現場から、下の街を見る。亡くなった高校球児の家はこの下にあったと住民の方がおっしゃっていた。
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現地で伺った話。
 「広島は、台風が10年に1度くらいしか来ないから、災害は無いと思っていた」


土砂崩れ現場と、住宅街。
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 「平和ボケで、山崩れがある前に避難勧告があっても、恐らく逃げなかっただろう」


ここだけで、2か所が山崩れ。
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 「3時間で、1か月分の降水量の2倍降った。土のきな臭い匂いがしていた」

他にも2か所が崩落しているのが分かる。
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 「広島が扇状地だということは、社会科の授業で習う。『広島は、扇状地の見本のような所で、豆腐の上に家を建てるようなものだから、高い建物が建てられない』と教わった」(今の建設技術ならマンションも建てられると思うが、マイホーム世代で上へ上へ住宅街が出来たのだと思う。砂防ダムは1基つくるのに1~4億円もかかる。そんな巨額予算をかけるのは限界がある。雨量予測の精度が高まればいいとは思うが、文明の利器を過信すると東日本大震災のようになる。30、50年後を見すえた都市計画、コンパクトシティを進めていかないと、結果として困るのは私たち市民だ)
 一方、広島の福山は埋め立て地。駅から200mの所が、かつて海だった。南海トラフ地震では5mの津波が想定されているとの事。
 ボランティアセンターのリーダー「友人が今も土砂に埋まっており、居ても立ってもいられず、仕事を休んで来た」。
 新幹線で移動していても、山の中腹に住宅街が多い事が見てとれる。

 今回、広島豪雨災害現場に、急きょ行かなければと思ったのは、埼玉県でも土砂災害など危険区域と認識している個所は、約5千か所あるとみられる(うち3割が未指定)と聞いていたので、他人事ではないと思い、来ました(狭山市内にも急傾斜地があり、県が補強工事を行っています)。特に、ゲリラ豪雨は、今後増えていくと思います。

埼玉県、土砂災害の危険箇所3割が未指定 住民周知徹底へ 8月27日埼玉新聞)

広島から帰ったその足で埼玉県庁に行き、県土整備部長などに報告。対策を意見交換。
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なので翌日、広島から帰ったその足で埼玉県庁に行き、早速、県土整備部長に報告。8月21日に視察した『滋賀県流域治水条例』を、埼玉県でも制定する必要性について、改めて訴えました。(今後、滋賀県庁の職員に埼玉に来てもらい、勉強会を行う予定です。またお伝えします)

 また、同僚県議にも話したところ、県内の地方議員メンバーと労働組合で、広島にボランティアに行こうという事に今日(火)なってくれて、やり取りしました。
 今日も広島の天気が気になる。
(また動きがあれば、随時お伝えします)


広島豪雨災害 義援金
(赤十字)

 

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広島平和資料館。
 久しぶりに広島に来たので、短い時間でしたが、寄りました。

5才の子の焼けただれた三輪車が展示されているのが、痛々しかったです。
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写真の解説文です。お読みください。
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原爆により、重症の女学生の写真だそうです。
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当時の写真。
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原爆投下前の航空写真。
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原爆投下後の航空写真。
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原爆投下前の広島の街並み。
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原爆投下後。
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広島の友人と会合。豪雨災害について聞く。
(10時過ぎまで)

2014年8月23日の活動

  

県消防操法大会(県消防学校。鴻巣)
狭山市消防団第5分団(奥富地区)が、ポンプ車操法の部で、県大会に出場するとの事で、応援の為に行って来ました。
 円陣を組む前、選手の皆さんに声をかけさせて頂きましたが、皆さん手首足首を動かしたり、緊張されているのが伝わって来ました。

円陣を組む5分団。
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狭山市消防団第5分団(奥富地区)競技開始時点。

 この後、時系列で写真を掲載させて頂きます。
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放水が出始めた瞬間。”火”と書いてある的に当て、的を倒すまでのスピードを競います。
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 2本目のホースを持ってダッシュする2番員。
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狭山市消防団第5分団(奥富地区)の選手の皆さんが、競技を終えて、報告に見えたところ。
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団員の皆さん、訓練も含め、大変お疲れ様でした!

(近過ぎて、全員が1枚に収まりませんでした。
 他にも撮りましたが、操法大会の写真は、これにて)
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消防団の皆さんは、日頃自分の仕事を持ちながら、火災が起きれば、
寝ている時間だろうが、仕事中だろうが、出動。
日頃の訓練も含めて、体を張って頂いており、自治会の夏祭りなどでも、地域で大変にお世話になっています。
 ありがとうございます。

  県消防操法大会の会場で、県危機管理防災部長・所沢 藤本市長・衆議院議員などと、広島の豪雨災害について、意見交換しました。

 埼玉県では、広島の豪雨災害を受け、21日に、県内市町村防災課長会議を開きました。
 県内で、土砂災害など危険区域と認識している個所は、約5千か所あるとみられ、3割が未指定(2992か所が現在指定されている)。指定箇所を増やして頂くよう県から市町村に要請したとの事でした。
 また、(県議会で私が質問した事ですが)8月6日には、知事・市町村長のトップ会議を開き、同様の件を要請したとの事です。
 消防団の皆さんは、日頃自分の仕事を持ちながら、火災が起きれば、寝ている時間だろうが、仕事中だろうが、出動。体を張って頂いており、自治会の夏祭りなどでも、地域で大変にお世話になっています。
 ありがとうございます。
 団員の皆さん、訓練も含め、大変お疲れ様でした!

あさって(月)まで所沢西武で行われている【狭山茶】を使った期間限定オリジナルの商品販売ブースへ。


私は、狭山茶で染めたストールや、スイーツ3点、コースターを購入しました(全てここオリジナル)。
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化粧品売り場のフロアで販売しているのも、シャレていていいなと思いました。
 販売促進課長さんが、丁寧に説明をして下さいました。
 5つの部署の女性社員6人が、半年かけて商品を開発。地産地消に視点を置き、顧客からの意見なども取り入れ、狭山茶を使う事にしたとの事。
 実際、狭山茶で染めたスカートの説明書きには「お客様から、長いスカートをとの声があったので」と書かれてありました。
 西武デパートでは、以前も埼玉県(彩の国)のカラーである、青・赤・緑をイメージした商品を開発し、イベントを行って販売したとの事。
 県民の皆さんが喜ぶ埼玉オリジナル商品が誕生・盛り上がるようお手伝い出来ればと思っています。


リミテッド・エディションとは、西武オリジナルブランド名との事。
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自治会夏祭り。
(終了後、明日朝、広島の為、羽田空港へ。0時半着。空港内のホテルは、カプセルホテル)

2014年8月22日の活動

  

県広報課。
県土整備事務所道路相談担当。入曽地区の歩道整備について満額回答。
自治会夏祭り設営作業。
 中学生が今年もテント設営の手伝いに来てくれた。今年大人は手を出さず、考えて建ててもらい、指示待ちな体質が感じられ、面白かった。
事務所。
自治会役員と意見交換。

2014年8月21日の活動

  

県庁。
県警交通規制課。停電時に機能する信号機の取り組みについて意見交換。 
 県全体で、発電機を170台購入(県内の警察署は39か所)。うち狭山警察署に5台。
 停電を感知して、自動的に発電し、点灯する信号機(自動起動式発動発電機付き信号機)は、狭山市内に4ヵ所設置。全て国道16号で、交差点名は、①鵜ノ木②新富士見③昭代橋④上奥富
 私から「狭山市は、原発事故以外でも、信号機が停電したので、もっと整備を。来年度予算要求に入れて」と発言。

河川砂防課。『滋賀県流域治水条例』についての視察報告。


自然エネルギー推進の為、県議会で質問し、掲載。

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温暖化対策課副課長。埼玉県は太陽光発電、全国2位である事をPRをして、普及促進を」と、昨年10月の決算委員会で質問し(環境の項目の所をご覧下さい)、更に 12月2日などにも、打ち合わせしたテーマについて(HPで、写真付きで説明)、今回、新聞に大きくPRされた事に、私からお礼を述べた。(東京新聞

狭山市長や4市1町の担当課長と、県に不老川について要望活動。
県土整備部長からの説明。
「不老川の河道改修(狭山市分)の状況は、
 用地買収87%。工事70%。権現橋100mの工事を今年度行っている。
 大森調整池(上流の入間市)7.7ha。買収率91%。整備70%。26年1月残る用地の一部を取得。
 雨水流出抑制事業は、学校・公園93%。各家庭貯留89%。雨水浸透マス302基を設置(狭山・入間市236基)」。
狭山市長から「大雨洪水警報の発令が、不老川のいっ水していた頃のデータがもとになっているのではないか」。
 私から、滋賀県で聞いて来た事を報告し、「今後、治水・砂防などは予算が厳しくなるので、県でもコンパクトシティを推進して頂きたい」と発言したところ、部長からは、「危険個所の70%は警戒区域。コンパクトシティは、国土強靭化にも、位置づけられている」。

青年地方議員の会(熊谷)。

狭山に戻り、事務所。
同級生と会合。鉄道政策について意見交換。

2014年8月20日の活動

  

(滋賀県大津市を朝6時前に出て、埼玉県庁へ)
県庁。
広報課。
 (今日、浦和駅に久しぶりに下りてみたら、駅前パルコに『ふなっしーショップ』が出来たと書かれており、ショック)
 埼玉県のPRの為、コバトンの看板を、新幹線の乗換駅である大宮駅改札内で行う事を、先日提案し、早速JRと話してくれた。
 他に、名刺の裏を使っての埼玉県PRについて意見交換。

東京狭山線整備促進期成同盟会(県庁)。
 狭山市役所職員・所沢市長・所沢の県議と一緒に県へ要望活動。
 あと433mで、小金井街道に東京狭山線は、つながる。用地買収率99%。
 県土整備部長「東京狭山線の97%、16.3kmが開通。この路線を最重要路線と位置付けている」
 私からの発言「県から狭山市に対し、無料化に向けての提案を具体的にして頂き、ありがとうございました。県においては、実現に向けて引き続き努力頂きたい」。

狭山に一旦戻り、市役所にて【献血・骨髄バンク登録会】の手伝い。
私は今日で献血193回目。再来年には200回に行くかな?

狭山市役所で【献血・骨髄バンク登録会】
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【若田光一 宇宙飛行士
ミッション報告会】(さいたま市)


若田光一さんと。
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 若田さんが会場に到着する時に、ちょっとしたサプライズがありました。司会が「若田さん、どうぞ」と言った時、宇宙ステーションの中の映像が出て、若田さんが「これから皆さんの会場に宇宙から参ります」と言って画面から消え、客席の入口から入って来ました。
(以下、若田さんからの報告)
 おじさん(若田さん)が、5才の時、月に行った人がいた。日本人の宇宙飛行士はいなかったから、宇宙飛行士になれるとは思わなかったが、飛行機の技術士になったら、募集があった。
 地上から宇宙ステーションまで、行きは6時間。帰りは4時間。
 スペースシャトルの打ち上げでは振動を感じるが、ソユーズ宇宙船は、打ち上った瞬間が分からないほど、スムーズ。
 大気圏外で、時速28000kmで進むと、地球に落ちない。そうすると無重力になる。それ以下のスピードだと徐々に落下していく。
 ステーションから見えるのは、直径4千kmの範囲の地球。日本列島が見渡せる。球体全体は見渡せない。
 1日被ばく量は、0.5~1ミリシーベルト。マウスの精子を持って行って、放射線の影響を調査。
 私のももの筋肉が半年間でどんな変化をするかの実験。血液・尿検査。筋力が落ちるので、1日2時間有酸素運動・筋トレ。ランニングは、綱をつけて行う。
 水はおしっこを再生。昨日のコーヒーが明日のコーヒーになる。
 滞在半年間で2回輸送船が来た。H2Bロケットからの宇宙船は、ステーションの10mの所まで自動操縦。
 アンモニアの装置や、アメリカのコンピュータが故障し、それぞれ船外活動。トイレも何回か故障。
 メダカの骨が弱くなる実験。レタスが微笑重力で育った実験。
 一人で野球が出来る。自分で投げたボールを、自分が撃ち、自分が捕る。
 微小重力では、手を動かしていないと、体の軸が動いてしまう。
 5年前インターネットは使えなかったが、今は使える。
 宇宙から見た日本は、海と緑がきれい。日本の上空を通ると、皆さんの事を思い出す。イカ釣り漁船の光がよく見える。
 大気圏突入の時、外の火花が見える。熱さが見て分かる。
 日本人の宇宙滞在時間は、世界第3位。

質問コーナーでは、若田さん自身が会場を回って、子供達にマイクを向けました。


会場で、直接質問を受ける若田さん。
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こちらは、予定されていた子供達の質問に答える若田さん。
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(以下、若田さんの答え)
 宇宙ステーションから船外活動に出る時、空気を少し捨てて、真空にするので、外に投げ出される事はない。
 寝る部屋は電話ボックスくらいで、寝袋にフワフワした状態で、圧力が無いので、宇宙にいる時のほうが熟睡できる。
 1時間半で地球を一周。時間の進み方の感じは、地球にいる時と変わらない。
 逆立ちしても、下半身のものが上半身に行かない。だから顔がむくむ。最初はちょっと不快だが、数日で慣れる。
 テニスは、どこにぶつかってもいいというルールにすれば、出来る。
 宇宙食で、納豆は無い。理由はいくつかあって、くっついちゃうと取りにくい。どの国でも食べられ、匂いが出るものは敬遠される。宇宙飛行士に言っておく。
 (質問「一番大変だった事は?」)いろいろ大変だったけど、言葉かな。英語は勉強して行ったが、英語がよく分からなくて、大変だった。録音して勉強した。ロシア語もしゃべらなければならないが、英語の勉強方法が使える。1つ外国語を勉強出来れば。

実験コーナー・科学教室。


風船に液体窒素を入れる若田さん。
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①マイナス200℃(液体窒素)の中に、風船を入れると、どうなるか?
 答えは、縮む。常温に戻すと、また膨らむ。

 (風船の実験は、何を考える為の実験かと言うと)宇宙空間では、太陽が当たっていない所は、マイナス150℃。
当たっている所は、120℃。そこで、宇宙服の中で水をポンプで循環させて、体の温度を調整する。
背負う重さは130kgだが、重さは感じない。
 地球が手のひらサイズの大きさだとすると、月との距離はどのくらいか?というのが、この写真。

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②地球が手のひらサイズの大きさ(青レンジャーが持っている)だとすると、(若田さんが持っている)月との距離はどのくらいか?というのが、この写真。

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③地球が2.3cm(若田さんの前の手のひら)だとすると、太陽の大きさはどのくらいか?というのが、この写真。

 太陽より数百倍大きい星もある。
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・若田さん、最後のコメント
 科学する事は世の中に、たくさんある。この会場の中からも科学者が出てくれば。
 子供の輝く力は、誰にも負けない。目標に向かって、目標をつかんで下さい。

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 (若田さんは会場退場時も、子供達とハイタッチで退場して行きました。講演会、以上)

宇宙博2014が現在、開催中ですね。9月23日まで。
 展示品500点。うちNASA約300点。月面から戻った時使われた司令船の焦げたパラシュート。月面車・シャトル機首部分(レプリカ)など。
 時間が取れれば行ってみたい。
 私が小学6年生の時にも、宇宙博が、船の科学館であり、行きました。とても楽しかったのを憶えています。
 筑波宇宙センターには5回行きました。最近のものが昨年2月、私のHPで写真付きで詳しく紹介しています。
 市議時代に、宇宙飛行士の星出さんに偶然お会いし、挨拶させて頂いた事があります。
 種子島宇宙センター(宇宙科学技術館)にも行きました。
 若田さんの訓練についての写真説明を私のHP(昨年11月14日)で紹介しました。
 筑波宇宙センターは、ふらっと個人で来れる展示館がありますが、行くのなら、特別公開日に行くのが、特にお薦めです。
 私が行った時は、米国ヒューストンで訓練中の日本人宇宙飛行士とTV会議のように会話できるイベントなどをやっていました。

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インタビュー:原子力規制委の審査「厳正でない」=元安全委技術参与  7月28日
 専門的だが分かりやすい。

2014年8月19日の活動

  

堀兼地区、ひろし新聞戸別配布。
 ダッシュで配っていたら、声をかけて下さり、署名を頂く。
市民意見交換。
事務所。
(滋賀県へ)

あすのエネルギー会議in滋賀 地域分散型再生可能エネルギーで原発のない社会をつくろう!(滋賀県大津市)
 地域の資源を活かし地域からエネルギーを創る。
菜の花プロジェクトネットーワークとバイオ発電
  ~菜の花プロジェクト ネットワークリーダー藤井絢子氏
 ドイツでは、農業者がエネルギー供給者だと書かれてあった。
 日本では、国からの規制で、ガソリンに入れるバイオ燃料の割合は5%以内で、しかも課税するとの事。いい加減にして欲しいと思った。
 耕作放棄地、滋賀県は2千ha。福島県が一番多かった。
 震災後、被災地にも目を向けた。南相馬市。ドイツのようにバイオエネルギー村を。南相馬農地再生協議会。今年20ha。それ以外に20ha行っている。
 2006年、チェルノブイリ菜の花プロジェクト。菜の花を植えると、セシウムを1%吸い上げ、農地に戻らない。事故から19年後だったので、土壌に深く入ってしまっていて、福島とは事情が違う。東北大学農学部と福島で行っている。
■あいとう福祉モール(滋賀県東近江市)
 2009年から構想。狭い意味での福祉ではなく、地域で暮らしていくという意味での福祉。
 市民共同発電所
 1口10万円。売電益から2割寄付を頂く。
 当初63人から110口を頂く。34kw発電。
 418店舗で使える商品券を発行。6か月有効。地域通貨ではない。市の助成金にも使える。
 20年間無償屋根貸し(公共施設も)。屋根に支障があれば、こちらで対応。
 震災時、活躍したのは、ディーゼルで、バイオディーゼルの備蓄が活かされた。
・衆議院議員 田隝要氏(民主党エネルギー総合調査会事務局長)
 スマートメーターによって、電力料金引き下げを。
 電力会社は、15分ごとの電力需要開示を。
・菅直人 元総理
 除染した枝が発芽して、袋をやぶっており、多くの袋が今後やぶれるのではないか。
 福島原発事故は、世界で初めてのメルトスルー。廃炉は、まだ段取りの段階ではなく、アイデアの段階。
 ドイツを見て来たが、廃炉には、ものすごい時間がかかる。福島の廃炉作業は極めて困難。
 「原発が無くなると仕事が無くなる」という声があるが、少なくとも廃炉の仕事は30年間、相当の人員が必要。
・宮城県議 遊佐みゆき氏
 被災地派遣を全国の自治体から頂いているが、まだ足らない。

学生インターンの皆さんと意見交換。滋賀県と埼玉県の違い。財政の考え、観光政策などについて。

夜は、滋賀県流域政策室の職員から説明を受ける(以下、説明)。

『滋賀県流域治水条例』

 治水というと、ダムや堤防だが、100年後にも仕上がらない。

災害に上限は無い。治水に完全は無い(行政の資料でここまで言い切っているのが、すごい。確かに、きれい事では、人の命が失われる)。
 滋賀県では時間50ミリの雨が降っても安全にと整備しているが、120年かかる。120年後、51ミリ降ったらあふれる。
 治水と合わせて、あふれた時、人が死なないようにしようというのが条例。
 一昨年水害のあった県で、滋賀県は47位。水害があったのは、50年前。
 浸水予測図。雨が降る時、家の前の水路があふれ、小さい川があふれ、最後に大きな川があふれ、その3段階目のハザードマップは、滋賀県しか作成していない。(国交省がレーダーで起伏を調査。雨がどっちに向いて流れるか。滋賀県で仕組みを作ったので、全国で出来る)。
 まちづくり。人づくり。道づくりに活かす。
 平成9年、河川法が改正され、“環境・住民意見”というくくりが入った。
 以前は100年に1度の雨対策を目指していたが、戦後最大の雨が貯めれるようにした。それ以上は、あふれて仕方ないと。

水害のリスクを、土地・建物取引業者はお客様に説明する義務を、県の条例で規定した滋賀県。
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県条例で、不動産業者は、お客さんに、重要事項説明として、大雨に弱い所であると、ハザードマップ資料を提示する努力義務を規定

 東京高裁 平成15年9月25日判決で、不動産業者に対し、「事前に調査・説明する義務を負う」という指摘があり、法令上の根拠、業界の慣行等が当時は無かったが、東日本大震災以降、関心が高まり、県として条例を施行し、不動産屋さん向けチラシを作成(コンビニ

にも設置)したので、「努力規定があると知らなかった」と釈明しても、不動産業界に対し、県として「説明しないと、裁判で負ける可能性がある」とはっきり言っている。不動産業界に反対は無い。滋賀県HPの14、15ページ以降でその説明。


水害被害がある場所なのか、不動産物件の説明文に入れる事を規定。
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(10時頃まで滋賀県職員と意見交換)

2014年8月18日の活動

  

朝5時半~11時半まで、狭山市駅東口で、ひろし新聞140号配布。
 集団的自衛権について、通勤者の方からご意見を頂く。
事務所。
夕方6時~10時まで、狭山市駅西口で、ひろし新聞配布。

2014年8月17日の活動

  

入間川地区ソフトボール大会。自治会の方々とお話しさせて頂く。
事務所。
同級生と会合。鉄道政策について意見交換。
市民相談。
新聞配布準備。折り作業など。
(11時過ぎに帰宅)

2014年8月16日の活動

  

事務所。
商店街役員と会合。商店会入会促進について。(事務所を設けたので、私も商店会員になりました)
支持者と意見交換。
HP更新作業。
自治会夏祭り(水富八区)。
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◆超党派国会議員30人あまりが、集団的自衛権の【行使を認めない法案】の骨子案を独自にまとめ、来年の通常国会への法案提出を目指すとの事。『集団的自衛権行使認めない法案 野党有志が素案発表』8/15共同通信。

長崎市長の平和宣言に賛同する人数を、長崎市役所が調査しています。クリックしましょう。

2014年8月15日の活動

  

事務所。
市議と会合。
支持者会合。

 

特攻観音堂のある世田谷観音にて。
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特攻隊 菊水部隊 天山隊の碑。
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私が数えた範囲で27人の名前が刻まれており、靖国神社の境内には隊の名前はあっても
隊員の名前は境内には連なっていないので、重く感じました。

神州不滅特攻隊の碑。ここにも10人のお名前が。
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こちらが【特攻観音堂】。中に入って、焼香させて頂きました。

 天皇・皇后両陛下のお供えもあったので、お寺の方に伺ったら、陛下から献金を頂いたとおっしゃっていました。
 毎年9月23日には、慰霊祭が行われるとの事。
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知覧で【特攻隊員】のお世話をされた富屋食堂 鳥濱トメさんの孫、赤羽 潤さんが、知覧に今年、修学旅行に行く高校生を相手に話す機会に、お邪魔させて頂きました(特攻観音堂のある世田谷観音にて)。『トメが語って来た話』。(以下)
 特攻隊員は知覧に来て、早い人で1日、長い人で10日間で、死にに行く
 基地の中で“なでしこ隊”だったトメの次女 礼子が、特攻隊員はピリピリしていたと言っていたが、富屋食堂に来る時は、今で言うルンルン気分だった。
 特攻隊員は、17~20才前後の方々。テーブルいっぱいに食べ物を出してあげた。着物・タンスを食材に変えて。戦後、家の中は空っぽだった。
 隊員は金目の物は家に送ってしまうから、お金は持っていない。
 知覧から飛び立ったのは、439人。みんな富屋食堂に来た。陸軍で九州全体では、1036人。
 隊員のエピソードは沢山ある。

①トメが一番かわいがったのは、宮川三郎軍曹(新潟 小千谷出身)。特攻に行って何回か引き返して来て、上官に殴られた顔をして来る。20年6月5日に来て「明日行く」と。死ぬ前日が誕生日だったので、お祝いをした。「死ぬ前の日にお祝いをしてくれるのはうれしい。また引き返して来ていいか?」と言われたので、トメは「いいよ。何度でも引き返しておいで」。宮川さんは「蛍になって帰って来るから、帰って来たら『同期の桜』を歌って」。翌6月6日、霧のすごい日に、たけもとさんと出撃。
 たけもとさんは、食堂に帰って来て、ドアを半分くらい開けといてと言い、夜9時。1匹の源氏ボタルが入って来た。明日出撃の隊員がそこには6人いたが、その周りをぐるっと回って、止まった。「皆さん、この蛍は宮川さんですよ」とトメが言い、みんなで『同期の桜』を歌った。

②中島豊蔵軍曹。もともと知覧基地にいたが、知覧に帰って来たという事は、特攻隊員になったという事。
 知覧に来た時、富屋食堂の前で車から飛び降り、左腕を大ケガ。トメがお風呂をたいて、背中を流す。
 「沖縄を取られたら、みんなやられる。だから今すぐにでも行きたい。行かなきゃ、日本が危ない」と言ったが、トメは背中を流しながら「腕が治ってから行きなさい」と言い、泣いてしまった。泣いたのを隠す為に、トメは「お腹が痛いから泣いている」とウソをついた。中島軍曹は「明日は見送りに来なくていいから、家で寝ていてよ」と言った。
 腕を治してから行くように再三言ったが、翌日、中島さんは行った。操縦桿にケガをした左腕を自転車のチューブでくくりつけて。その事を、中島軍曹の搭乗機を整備した整備兵がトメに伝えに来た。それを聞いたトメは、上を向いて、泣いてしまわないように色んな事を思い出した。

③穴澤利夫少尉に、婚約者の伊達智恵子さんは「あなたの白いマフラーになって、一緒に付いて行きたい」と言い、穴澤さんは智恵子さんの付けていたマフラーを白いマフラーの下に巻いて、出撃した。

④特攻隊員達は、みんな笑顔で行ったと言われているが、出撃数時間前の軍の広報用で、「もっと笑顔で」と言われたから。
 万世基地から出撃した『ほがらか隊』(第72振武隊)が、小さな子犬を抱いている写真は、出撃数時間前の軍の広報用写真。シロという犬。
隊員は出撃前、みんな犬を抱っこした後、整備兵の所に泣きながら持って行った。
 死ぬのが怖いのは、当たり前の話。
 陸軍は17才から、海軍は16才から特攻隊。ちょうど(高校生の)みんなくらいの年。特攻隊員にはエリートでなければなれず、夢をかなえられるはずの人だったが、夢を地面に叩き付け、踏みつけて死にに行く。

⑤勝又勝男少尉は、人生50年と言われた時代だったので、「僕の残りの30年の寿命をおばちゃんにあげるから、長生きしてよ」と言った。

 戦後、米軍は、まず特攻基地を壊しに来た。当時は、何をされるか分からない恐怖があった。
 警察署長は「今度は米兵のお世話をして」とトメに言って来た。トメは「私は絶対にやりたくない」と言ったが、署長は「知覧の治安を守る為に頼む」。10日間くらい考え、知覧を守る為ならやろうと腹をくくった。
 米兵は、我が物顔で街では歩いているが、食堂では、暗くおとなしかった。
 米兵が「このペンダントは死んだ仲間の物。特攻機が当たって死んだ」。
 トメは最初、殺されるのを覚悟して引き受けた。
 日本人に拳銃を向け、周りに向けて撃っていたハスキンという米兵。「戦争に勝ったのだけど、帰りたいのに、帰れない」。
 特攻機は途中で撃ち落とされもしたが、魂だけは、敵艦に体当たり。
 帰りたいのは、お母さんの心の中。米兵も一緒だった。
 トメは、特攻隊員に「お母さん」と、米兵には「マミイ」と呼ばれていた。
 私は小学生の時、トメに「特攻隊員はなぜ死ぬ事が出来たの?」と聞いた。「あの子達には大和魂があった。思いやりの心の特攻魂があった。米兵が攻めて来るその時間を少しだけでも遅らせる事が出来ればと思った」。
 ぜひ知覧に行ったら、隊員の遺書を読んで。
 人生、生きていると登れない壁にぶち当たる事がある。死のうと思う人もいる。その時にもう1度、知覧に行って、遺書を読んで欲しい。自分が小さく感じる。
 皆さんも行って、1つ上の人になって下さい。

 戦後、トメは、拾って来た棒くいを立てて、毎日手を合わせた。昭和30年、外枠のお堂が完成。今現在知覧に建っている観音像は3代目。
 三角兵舎は、今ある物より、地面深く、もっと小さかった。
 特攻機は、250キロ爆弾と燃料満タンなので、重たく、向かい風でないと飛べないので、滑走路は2本あった。

 新宿3丁目にある『薩摩おごじょ』の店の名前は、戦時中、富屋食堂に来ていた特攻隊員に「(トメの娘・赤羽さんの母)礼子ちゃんは将来何になりたいの?」と聞かれて「富屋食堂のような食事を出す所をやりたいの」と答えたら、「薩摩おごじょがいいよ、礼ちゃん」と言われて、礼子はそれを日記に書き残してあった。
 そして45年前に『薩摩おごじょ』を開業。
 知覧の知覧茶屋は、トメの長女の息子が経営しており、とんこつ御膳がお薦めです(笑)。
 富屋食堂は、区画整理で取り壊しになったが、同じ場所に再建しました。(以上)

狭山に戻り、同級生と意見交換。

2014年8月14日の活動

  

事務所。
市民相談。

「お薦めの映画ビデオを3つだけあげて」と言われたら、12日に亡くなったロビン・ウィリアムスさん主演の【パッチ・アダムス】(98年作品)がその1つです。DVDも持っています。
 映画中のセリフ「人が見ないものを見ろ。恐れや、既成概念や、怠惰で、人が見ようとしないものを見ろ。新しい世界が見えて来る」「患者の話を上の空で聞く医者。話している相手を見ようともしない」。
 パッチ・アダムスは、実在の人物(精神科医)。映画はそれを元にしています。(予告編 youtube)
 “パッチ”とは、絆創膏の事で、ニックネーム。
 映画で、字幕を見ながら、日本語音声を聞くと、随分表現も違い、興味深いです(字幕が文字数の関係で短く表現しなければならないというだけでなく)。
 ロビン・ウィリアムズさんの今後公開予定の出演映画は4本あるそうです。 レンタルかネットで買って、見てみて下さい。
 I miss you,Mr.Robin.Thank you.Patch!

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 映画『パッチ・アダムス』は、無料・低額診療の実践を描いたものでもありますが、これは何も海外だけの事でなく、埼玉県内でもそのような病院が17あり、県でPRをしてもらうよう以前頼み、県HPにも掲載してくれました。
 無料・低額医療制度とは、生計困難者が経済的な理由によって必要な医療を受ける機会を制限される事が無いよう、無料又は低額な料金で診療を行う事業の事。
 私のHP、昨年6月20日の所でも、説明しています。
 NPO ほっとプラス代表の藤田孝典さんに教えてもらいました。

NHK『戦傷病者の長い戦後』を見ました(再放送)。
 戦時中、名誉の負傷だったはずが、戦後、戦傷病者への支援は、戦時中と違って薄く、治療費がかかる為、入院もしていられず、また病院を出ても生きて行けず、自殺する人も少なくなかった。
 1つの病院で、戦争で失明した入院患者は、50~100人。
 ある時、踏切で戸惑っている失明した戦傷病者に、通りがかりの少女が声をかけ、翌日少女が病室に花を生けた。
 病室に花の香りが満ちあふれ、空気が変わり、「私のかたくなにいじけた心が、ほどけました」と戦傷者は語った。その後、マッサージ師の資格を取り、85才の現在も現役。

横井 庄一さんのドキュメンタリーを見ました(番組HPに詳報)。
 戦中から31年間、戦争が続いているものと思う中で、ジャングル生活。1人になってからは8年間。
 一緒にいた2人が亡くなったのは1964年、戦後19年後。この他にも日本兵は戦後いたはず。何とか助けられなかったのか。
 衣服も、道具も、身を守る為の地下住居も、手作り。
 何でも耐えて生きていかなければと思いますね。チャラい・ゆるい生活は出来ない。

NHKスペシャル『狂気の戦場 ペリリュー ~忘れられた島の記録』を見ました。
 日本から3200kmのパラオ諸島。硫黄島・沖縄戦・B29空襲に向かっていく戦争の分岐点。集団的自衛権に賛成の方に見て頂きたいと思いました。

2014年8月13日の活動

  

石巻市の方と会合。
 震災時、カーラジオを聞いていた人は、津波が来ても助かった。家は停電していて、TVは見れなかった。アマチュア無線の活用が必要。
 臨床心理士が、被災者と向き合っても、悩みが聞こえて来なかったが、マッサージ師がマッサージしている間に、何も聞かなくても、たくさんの心に抱えている問題が聞こえて来た。人の体に触れるのは、医師・看護師・マッサージ師。悩みを聞くのには、体に触れるのが一番いい。
 京都・鴨川の氾濫による被害で、福知山市社会福祉協議会は、自治会からの要請でボランティアを派遣していたが、被害の大きな所の地区のニーズを把握出来なかった(自治会役員が「自分達で対応する」と言ってしまった)為、被害の少ない所に派遣を集中させてしまい、取り組みが課題だったとの事(京都新聞)。

事務所。
署名に来られた方からお話を伺う。
同じ年の友人と意見交換。

2014年8月12日の活動

  

県広報課副課長。私から提案。
①埼玉県の玄関口(新幹線駅)であるJR大宮駅に、コバトンの記念撮影用看板設置を。(高校生から頂いたご意見「コバトングッズが大宮駅に無い」を参考に提案。実際現場を確認したら、ふなっしーの埼玉限定グッズはあったが、コバトンは無かった)
②コバトンをかたどった名刺作成を。
事務所。
支持者意見交換。
市役所。市職員と意見交換。
石巻市の方が、狭山市来訪。市内を案内。
(0時過ぎに帰宅)

2014年8月11日の活動

  

HP更新作業。
県小中学校人事課。所在不明児童の調査状況を確認。

圏央道建設促進期成同盟会(永田町)。
 県議会の議員連盟の6人が出席。

圏央道の早期完成を目指して。
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永田町駅に隣接する 都道府県会館地図)。


永田町駅隣接の地下には、各都道府県のPRブースが(写真手前が埼玉県)。
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埼玉県東京事務所の入り口は、県内の紹介を定期的に変えて展示している。
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永田町駅隣接の都道府県会館8階の埼玉県PRの部屋。
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埼玉県東京事務所(8階)。副所長と意見交換。
 東京で災害が発生した場合、県民をここに受け入れる事を想定している(スペースに限りがありますが)。
 東京事務所職員の名刺の裏に、埼玉県のPRを入れてもらうように依頼。
群馬県東京事務所。副所長と意見交換。
 富岡製糸場と深谷市など埼玉県との連携について。
 副所長から頂いた名刺は、群馬県のゆるキャラ“ぐんまちゃん”をかたどった名刺で、裏がぐんまちゃんなのですが、表で何の形か分かりました。
狭山に戻り、県民意見交換。

2014年8月10日の活動

  

狭山市消防団第5分団(奥富地区)が、ポンプ車操法の部で、県大会に出場が決まったとの事で、きょう壮行会が行われました。

県大会出場が決まった狭山市消防団第5分団(奥富地区)。
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 23日に北鴻巣の県消防学校で、県大会が行われ、狭山は11時頃、出場します。
壮行会終了後、狭山入間消防団支部長さんに、消防団員によるトリアージ訓練について、お話を伺う。
県議と意見交換。
市民要望対応。
HP更新作業。くわしくお伝えしたく、原稿がたまってしまっていた。

今日放送されたフジテレビ『特攻隊 忘られぬ秘話』(『ザ・ノンフィクション 黒島を忘れない 2014』)。
 (番組中)勇ましい顔つきの元特攻隊員が、涙ながらに「(飛び立って)開聞岳が消えていくのが物凄く早かった。生と死の葛藤でしょうか。
 故郷の親兄弟の元に帰りたいと思っていた人が、ここにいっぱい沈んでいる。そして一番帰りたいのは、お母さんの胸の中だと思う」と証言。この方ももうこの世にいません(映画「蛍」の主人公のモデルになった浜園重義さん)。
 次の世代に、ちゃんと伝えられるでしょうか。

フジテレビ ドキュメンタリー『若年性認知症 支援と介護の狭間で』を見ました。
 55才の方。40代後半で物忘れが見受けられ、2年前に若年性認知症と診断。
 通常の老人ホームでは、就労は許可されず、有料老人ホームに入居。
 タオルをたたむ仕事で、「1回落とした命じゃないけど、プライドを頂ける」と語る。
 実名・顔出しで出演され、自分と同じ症状の人に勇気を与えられればと。
 別の患者家族の方は「支えていこうと思うが、もうダメだと思う事も」と胸の内を語る。(番組HPに内容詳しく掲載)
 埼玉県に私は、若年性認知症対策に取り組むよう働きかけています。(決算委員会の福祉のところの発言をご覧下さい)

2014年8月9日の活動

  

大林素子さん主演、演劇『MOTHER マザー~特攻の母 鳥濱トメ物語~』小平市、凱旋公演(大林さんは小平出身)。
 私は来年の戦後70年に向け、1人でも多くの学校の先生や、高校生を始めとした若い方に観て頂けるよう取り組んでいます。
 今日の公演は、埼玉など地方で公演を行う場合の、音響や運営の参考になりました。大林さんはカーテンコールで「今日は長崎原爆の日。平和な世の中を次の世代へ」と触れられていました。

大林素子さんと公演終了後、お客さんが帰ってからの2ショット。
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 公演終了後、大林さん、演出家、出演者の方々、配給会社の方と意見交換させて頂きました。
 演劇で出て来る特攻隊員は、名前は違いますが実在した方を元にし、読み上げられた遺書は全て実際のもの。
 今日の公演を観て、集団的自衛権は止めなければと思いました。自民党国会議員の青年局長も観ていました。

 新宿3丁目の薩摩おごじょに行き、鳥濱トメさんのお孫さんにお話を伺いました。
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長崎平和祈念式典で、安倍総理らが参列する中、被爆者代表の方は「(私は)被爆3世である幼い孫娘を亡くした。私が被爆者でなかったら、こんな事にならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。
 原爆がもたらした目に見えない恐ろしさは、人間の力ではどうする事も出来ません。
 被爆国である日本は、世界のリーダーとなって先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府はその役割を果たしているでしょうか。
 今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です。日本が戦争出来るようになり、日本の平和を武力で守ろうと言うのですか。
 一旦戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子供達を脅かさないで下さい。平和の保障をして下さい。被爆者の苦しみを忘れ、無かった事にしないで下さい。
 福島には、原発事故の放射能汚染で、小児甲状腺がんの宣告を受けて、おびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分方法もまだ未解決。早急に対応の検討を。
 日本の真の平和を求めて、共に歩きましょう」と訴えました。
 安倍総理は「今日は犠牲になった方々の御霊を慰める日であると共に、先人達の奮闘と達成に感謝を捧げる日でもある」と発言。

2014年8月8日の活動

  

県教育局調整幹。
県子ども安全課。所在不明児童の県内の動向について調査。
県小中学校人事課。

【所在不明 小中学生】齋藤理玖ちゃんの死をムダにしないために。(←youtube事件映像)
 今年、中学生になるはずだった子が、5才の段階で餓死しているのが5月に遺体で見つかった(神奈川県厚木市)。教育委員会や児童相談所は、その子を転居扱いにして名簿から削除していた。
 このような事が埼玉県で起こらないように、現在、県内の実態を調査し、県・市の取り組みを確認しています。
 埼玉県調査結果「居住実態が把握できない児童」(県HP)
 埼玉県内の居所不明児童は、昨年の調査では、37人でしたが、今年は5人に減りました。(5人とも、さいたま市)
 減った理由は、入国管理局で、出国したかどうかを確認し、時間がかかりましたが、出国したのを確認出来たとの事です。
 上記の文科省の調査は、1年以上、居住実態が把握できない児童ですが、厚労省の調査(住民票記録)では、現在、実態が把握できていない18歳未満の調査で、71人でした。(5月1日に調査、7月8日発表)
 これでは、文科省と厚労省の人数が合わないので、調べると、
 15才以上~ 17人
  6~14才  31人という結果でした。
 更に調査を進めていきます。

県警交通規制課。先日警視庁で教えて頂いた取り組み(交通規制支援ボランティア)を埼玉県でも導入してもらいたいと提案した事の1次回答。ゼロ回答。
市議と意見交換。
事務所。
高校生が宿題(職業インタビュー)の為、来訪。
(0時過ぎに事務所から帰宅)

狭山市駅ビルに、本屋さんが今日オープンしましたね。
 芳林堂書店さんで、店舗の一部は、100円ショップ(CANDO)。
 以前あった本屋さんが無くなってしまった時は、どうなる事かと思いましたが。
 駅周辺に大きな本屋さんがあるかどうかは、きれい事でなく、まちの文化度に影響を及ぼします。(そう市民の方に話すと、共感のご意見を頂いております)
 西口開発の計画が固まる前から、大きな本屋さんが出店してくれればと、声がけした事があります。
 皆様も出来るだけ市内の本屋さんをお使い下さい。

2014年8月7日の活動

  

危険ドラッグの実態と取り締まりの現状について調査。
西部消防本部企画部次長。
県警主席調査官。
県薬事課長。
県教育局調整幹。所在不明児童について。
市議と会合。
支援者意見交換。
事務所。

2014年8月6日の活動

  

政策調査。
県庁。
会派会議。
県警主席調査官。危険ドラッグについて調査依頼。
自衛隊出身県議からお話を伺う。集団的自衛権。
夜9時半から事務所。(0時過ぎに帰宅)

2014年8月5日の活動

  

県議会文教委員会視察。
県庁。
農業政策課長。農地で、農業をやりながら、上部空間に太陽光発電パネルを設置するエネルギー政策について、PRをお願いしたところ、県HPに載せてくれました。感謝。知事のブログに分かりやすく紹介されています。
夜7時から事務所。

2014年8月4日の活動

  

県庁。
県議会文教委員会視察。
 文教委員長に、今後の県観光政策の為、富岡製糸場と埼玉県の関係について個人的に聞く。
 富岡製糸場では、繭から糸をつむぐ機械を動かしていないが、秩父・長瀞では10件の農家が今でも、機械を動かしているとの事。
教育局幹部と意見交換。
他会派県議と会合。県議会改革について。

2014年8月3日の活動

  

支持者会合。
ホンダ埼玉製作所創立50周年 真夏の祭典2014。
自治会夏祭り。
七夕祭り。
入間市議と会合。

2014年8月2日の活動

  

(三重県松坂市から帰宅)
市民意見交換。県の河川事業。
七夕祭りオープニングセレモニー。
自治会夏祭り。

2014年8月1日の活動

  

【解釈改憲の違憲訴訟】を起こす事を目指し、ピースウイングキックオフ集会(三重県松坂市)


集団的自衛権 【違憲訴訟】 を目指すピースウイングキックオフ集会で、演説する三重県松阪市長。
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松阪市長 山中光茂氏の訴え(以下。↑HPに映像)。
 安倍政権が、集団的自衛権という言葉のもとに、戦争が出来る国家に向かっている。それに対して、歯止めをかける皆様方の意識が、今日集まったのだと思う。
 日本は戦後約70年間、徹底した平和主義を理念として、平和への想いを国民みんなで共有し、アジア・アフリカ各国に平和の理念を輸出して来た。
 世界に稀に見る戦争を起こさない、有数の支援国として、多くの国家に大きな貢献をして、当たり前の幸せを感じて来た。
 安倍内閣は、単なる行政行為の閣議決定で、憲法解釈の変更と言う暴挙に出た。
 集団的自衛権の本質の問題点。「他国の平和に関わらない国家はおかしい」と言うが、そのような概念ではない。日本が窮迫不正の侵害が起こり得る時、最小限の武力により平和を守るのが個別的自衛権。
 一方、集団的自衛権は冷戦下で使われて来た。ソ連がハンガリーに侵攻、米国がアフガニスタンに侵攻、イラク戦争。戦争を正当化する際、影響を受けていない他国が自衛という理念を用いて、共同して武力を行使して来た歴史。
 永久に武力と戦争を放棄するのは、解釈ではなく、名文規定そのもので、今回の集団的自衛権は、明確に憲法違反。
 歴史において、侵略戦争をしようとして戦争をした国はほとんど無い。世界平和・安心安全をつくる為、戦争をしなければ自国を守れないと言って、戦争の惨禍に見舞われて来た。
 イラク戦争で、アメリカ・イギリスは先制的自衛権という言葉を使った。小泉総理は、完全に支持する発言をした。国連総会では、ドイツ・フランスなど大きな反対の声が上がった。しかし、米・英国は実質的な戦争をしかけた。一方的なアメリカ・イギリスだけの戦闘行為に対し、日本が集団的自衛権を使って、戦争出来る。
 湾岸戦争当時、国連が多国籍軍を承認し、軍隊を派遣。
 集団的自衛権、先制的自衛権と言う言葉で、第2次大戦後、世界で最も戦争を起こしたアメリカが使って、悪用して来た。
 日本は約70年間平和を守って来た実績がある。
 集団的自衛権に賛成の方は、中国により、日本の安心安全が奪われると言われるが、日本は安穏と平和主義を守って来た訳ではない。憲法9条のもとで、しっかりと国民が意識を持ち、教育の場で、戦争を起こさない国だと、しっかり汗を流して来た。
 防衛省のHPに、閣議決定後1週間まで「憲法上、集団的自衛権は許されない」と載っていた。
 「他国の国際紛争を解決する手段としては、使わない」だった。それを、たかが1内閣総理大臣によって、たかが1内閣によって、おろかな行政組織の1つでしかない内閣に犯される。
 私は、アフリカ・ケニア・南アフリカなど、戦争が多くの憎しみを生み、愚かな為政者によって、現場で取り戻していく事が、新たな政治によって取り戻していく事が、いかに難しいか見て来た。
 今が分水嶺。
 武力による平和と言う言葉が使われる。子供達に、私達も武器を持とうと、のせるのか。
 平和主義を徹底する事によって、政治が新たな方向性を止められないなら、国民が立ち上がらないと。今日が第1歩。
 今日は全国から議員も集まり、これまで政治に興味が無かった方も集まっている。
 平和が失われたら、取り返すのは大変。
 平和は普段中々感じらない。
 平和の形が変わる事を、見逃してはいけない。
 市民の皆さんがピースウィングのTシャツ(2500円)やクッキーを自ら作った(集団提訴の財源にも)。
 平和は闘って奪って行かないと。
 今の内閣を提訴しなければならない。新たな行政行為が生まれたら。訴えるには、一定の損失・不利益が必要。
 これだけの方々が集団で、裁判所に提訴をしていく。集団提訴をしていきたい。単に抗議する市民運動だけではなく、司法で鉄槌を。入口に上がりさえすれば。
 間違いなく違憲。これは憲法学者 小林哲さん。古賀茂明さんと一緒になって活動しようと言っている。小林哲さんは、集団的自衛権には賛成だが、立憲主義の問題。
 憲法学者の方よりも、市民と汗を流していく事こそが大事。
 『ハチドリの1しずく』というお話をご存知ですか?
 山火事が起こった時、ハチドリが口ばしに水を含んで、消そうとしても、無駄だと思った他の動物が、なぜそのような事をするのか尋ねると、「自分が出来る事をやるだけ」と答えた。この話には続きがあるのではないかと思う。
 ハチドリが頑張っているんだったら、私も頑張ろうと動き出すのでは。
 政治が間違ったのなら、市民が導くスタートライン。政治が動かないなら、私達で動かしましょう。
 私達は1匹1匹のハチドリとして。
 山火事なんてどうでもいいと思っていた人達が、山火事が広がったら大変だと思って頂けるようになる。
 これまでなぜ日本が社会貢献出来たか。日本が中立で、平和を愛し、武力行使をしなかった信頼関係があったから。
 アフガニスタンで医療行為をやっている中村哲さんは「平和の中で国際貢献が出来る」と言っている。
 しっかりと平和主義を徹底する中で、安心安全を守っていく。
 どこの国が平和を宣言している国に戦争をしかけますか?
 相手の国家を信用しない。だから武力を持つ。そのどこに平和がありますか。
 武力による平和では、平和は生まれない。
 ハチドリの1しずくのような気持ちで。
 私は覚悟を決めています。もちろん市長として、当たり前の幸せを市民に届ける。しかし、今動かなければ、国の形も変わる。今動かなければ将来に渡って後悔する。
 武器輸出をするのでなく、平和の輸出を。
 安倍さんがやった事は、ヒトラーよりひどい。ヒトラーは、まだ法律を改正して、実権を握った。
 自衛隊員は、血を流す覚悟があると思う。正当性の無いものに価値は無い。
 今日、三重県下14市の市長会があったので、市民の安全安心を守る市長として、反対してくれではなく、市長会で話し合う場を作りませんかと話した。三重県下の市長は全員「政治的問題なので、議論する必要ない」と一刀両断だった。問題あると思いませんか?
 全国の市長からメールが30通くらい来た。「頑張ってくれよ。俺は表に出られないけどね」とか。自民党政権を恐れる。殺される。悪い事される。
 今日は、こんなにも多くの皆さんに集まって頂いて、今はやりの号泣したいくらい。イメージ悪いが。
 活動は、勝手にやって頂きたい。原告団を募集したい。覚悟ある会員を募集したい。賛助会員も募集したい。
 日本で初めての集団提訴。
 地方で空気の圧を高めていく。
 汗を流し、涙を流して、次の世代につなげられるように。(以上、市長の発言。一部、市民との意見交換の場で、市長が答えた部分を含みます)
市民の発言「安倍さんは、単なる1衆議院議員。たまたま総理になった」

集会終了後、議員の会。
その後、スタッフの皆さんと会合(ファミレスで)。
松坂市長に個人的に話を聞く。
 1000くらいの市の事業を全部チェックしている。
 住民協議会は全国で一番進んでいると思う。
 審議会は市民公開の場で。土日・夜にもやる。自治会 長など団体トップはほとんど審議会に出ない。
 公務員の給料が高いと言うなら、公務員に草刈してとは言わないでと言っている。
 毎週末必ず意見交換会を実施している。
松坂市議と会合。(1時過ぎまで。松坂市内泊)

2014年7月31日の活動

  

被災地視察④
◆岩手県陸前高田市
 津波対策の為、山からベルトコンベアで土を運び、市街地を盛り土・かさ上げしている現地を視察。


山から土を運ぶベルトコンベアの右に『奇跡の一本松』が見える(岩手県陸前高田市)。
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岩手県陸前高田市。ベルトコンベアで土を運び、市街地をかさ上げする。
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ベルトコンベアの長さが圧巻でした。 
 かさ上げした後、どのくらいの人が住むのでしょうか。(短い時間しかいられなかったので、お話は伺えませんでした)

被災地の巨大盛り土工事いよいよ 安全性に不安も』朝日新聞(映像)7月10日

この他、今回被災地で伺った話。
 「被災地では、強姦が増えている。非常時には生殖能力高まる。衣食住のバランスが悪い。
 福島は、原発事故があるので、宮城より複雑。
 震災後、山形県に移住された方は、経済的に大変。産業の衰えが前からある地域なのに、雇用の問題。
 京都府での被災者の受け入れは、仕事があるので、安定している。
 2次避難では保障は出ない。生活保護では足らない。
 50、60代の仕事は、土木・水道の技術職以外には無い。復興の公共事業が終わったらどうなるか」。

今回の被災地の車での移動距離は430kmでした。

埼玉に戻り、県議と意見交換。
新聞記者と意見交換。
浦和での集団的自衛権反対デモに参加(県庁から浦和駅まで)。


県庁から、埼玉弁護士会主催『集団的自衛権行使反対』デモが始まりました。

浦和駅まで。
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埼玉弁護士会長をはじめ弁護士の方々と意見交換。

 

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なかにし礼氏の講演会へ。
(はじめに各専門家からのビデオメッセージ)
・日本の役割は、紛争の根本解決。
・経済同友会国際開発センター会長。閣議決定を国民の運動が押し戻したら、中国から見た、アメリカから見た日本の目が変わる。
・平和は、人権。
菊地 埼玉弁護士会副会長「内閣法1条で、国民主権にのっとり、内閣は立憲民主主義の枠内で行う事を定めている」。

青井美帆氏(学習院大学教授)
 漠然とした脅威・抑止力という言葉が私達の心の中に、段々と入って来ているのではないか。
 抑止に限界・限定は無い。アンリアル。
 安倍さんのフリップ。赤ちゃんを抱いた日本人と、善良そうな米国人。
 危ないじゃないかと言う空気に、私達は気を付けなければならない。
 政治がやってはいけない事・出来ない事がある。これが立憲主義。
 国家権力とは、やってはいけないものをやってしまう所。正当性を生ませない事が私達が出来る事。
 閣議決定のおかしさ。何重にも違憲。
 内閣の職権・任務ではない。無いものを作り出した。
 宣戦布告・講和の権限が無くなった。
 国際法上の常識として、武力行使は使えない。
 各国の防衛力は小さいはず。
 石破が言うネガリスト「やってはいけない事以外は何でも出来るのが軍隊」。
 戦争は政府がはじめ、終える。しかし、弾となり、盾となるのは、人。
 国家が無くて、あなた方の命が守れるのか。危機が無い。危なくないと、論証できるのか。という論証のスタイルに持っていかれるのが、危ない。
 戦争の惨禍を引き起こすのは、国家。
 身の周りの人が亡くなる事の思考を遊離させてはいけない。国家ではなく、人が死ぬ。
 だまされたと言っているだけでは許されない。
 今の安倍政権「仕方がない」という雰囲気が仮にあるとすれば、「騙されている状態ではない。正当性をうまさない為に、おかしいという事をあげないと法になってしまう。
 安倍の「守り抜く」には違和感。
 国会議員が憲法を守ろうと思っていない。政治家の中にその精神が生きていなければ、憲法ではない。
 国会議員の心の中にある憲法と違うのではないか。立憲主義に反していると言ってもダメ。
 憲法の主権在民は、今は考え直さなければ。安倍さんは「選挙で選ばれた」と言っている。主権者は直接行動出来ないが、国会議員は暇だからやっている。49対51で、49は死に票になってしまう。

なかにし礼氏講演。(以下、講演内容)
 3月に『天皇と日本国憲法』を出版。
 毎日新聞夕刊で、詩『平和の申し子たちへ』を発表(本人が会場で朗読)。
 反響が大きいという事は、国民の間で気持ちがありながら、中々言葉が見つからず、私の言葉が合致したという事ではないかと思う。
 私は昭和13年、旧満州 牡丹江生まれ。昭和20年8月9日、ソ連機が爆弾投下。
 日本への引き揚げは、まず軍人家族・軍人・満鉄関係者。そのような人達は、その後、駅から離れた所から汽車に乗るようになった。牡丹江駅前は阿鼻叫喚の渦。
 大体、戦争が起きて、兵隊が逃げるって変でしょ。
 関東軍の99%は逃げた。満州第5軍のみ戦った。
 『泣く子も黙る70万関東軍』と言うのは、全くのウソ。
 撤退した関東軍は、少年兵を送り込み、木で出来た鉄砲のようなものを持たされているのを、ソ連軍から見ても分かった。著書『15才の少年の夏』で書いた。
 少年達の汽車の窓は、ブラインドを下ろされ、逃げていく大人達を見ず、戦場で3方向から重装備の軍隊に殺されていく。
 これが戦争の真実。
 自民党幹事長は「国を守るのが軍隊」と言っているが、国民を守らなかった歴史があった事を反省すべき。
列車はソ連機の機銃掃射で狙われ、私の目の前30㎝の人が亡くなっていった。
 母は僕(6才)に謝った。「これからこういう事が何回もあるだろうから、母親の言う事も聞いてはいけない。自分の意志で逃げ、生きようとしなさい」。
 中国残留孤児は大体、僕の年齢が多い。
 関東軍は逃げており、力のある子は軍隊に引っ張られ、残っているのは、お年寄りと子供だけ。目の前で、中国人に渡される子供は何人もいた。幅100mの川を渡れない子供は置いて行かれた。
 中国大使だった丹羽宇一郎さんの著書『中国の大問題』。丹羽さんは、残留孤児を中国人が育てた記念碑を作り、育てた中国人が見付かれば感謝状を捧げに行った。(『駐中国大使、残留孤児の養父母に感謝状』2011年6月3日中国新聞)
 中国の事を悪く言う人がいるが、はたして日本人が中国人を預かって、育てるだろうか?
 厚労省 満州引き揚げ援護局。引き揚げ事業とは書いていない。援護局の書類に、「海外居留民は、帰って来られると思う。近来日本は大飢饉なので、生きるも死ぬも勝手に」と書かれてあった。これが今の政治家は分かるか?
 日本は引き揚げ事業を始めなかった。かつての日本はすごく冷たかったのだと、戦争と言うのはそういう事もしてしまうのだと、忘れないで。
 そういう事をしたらやっていけないと言って。国家は何でも出来る。
 高学歴の学生は、後々の日本の為に残さなきゃいけないのに、出陣。日本男児の本懐だとか言って。しかし、飛行機もガソリンも無い。あったのは、布製の練習機、赤とんぼ。
 戦争は人間の精神を破壊する。
 司馬遼太郎さんは陸軍 戦車隊で上官に質問「進軍した時、自国の民がいたらどうするか?」上官「踏み潰して進め」。
 戦意高揚映画 木下恵介『陸軍』「お前の息子の1人や2人が死んだからって、どうって事は無い」。
 国民投票18才に下げたが、とんでもない。甘い考えは捨てて。
 警察予備隊から自衛隊になって、7千人退職。
 徴兵制の準備の為の、年齢引き下げ。
 清沢洌『暗黒日記』。
 国は何かをしようとする時、臨戦態勢にする。
 我々は騙され切ってはいないので、だまされないままに行きましょう。
 司馬遼太郎『この国のかたち』。「そこに不定形の物が横たわっている。自らの力ではもはや人里には出られそうにない。異胎は声を発した。
 歴史は一個の人格として見られなくもない。
 統帥権を参謀が所有していると思い始めた。
 参謀本部は国民を統治する事が出来るという。現にそのようにした。
 統帥機関が日本国をつぶした。
 日本史は独裁者に強い反発を持った歴史がある」。
 まさに現政権、文中の統帥機関を、安倍政権と置き換えられる。
 僕は皆さんの前で、憲法を守ろう、平和を大事にと言わなければならなくなるなど、思ってもみなかった。悲しい。
 支持率を下げよう。支持率が下がれば、次の内閣では、やれなくなる。彼らを震え上がらせようではありませんか。支持率を下げましょう。それだけ。
 戦争体験者が、戦争の恐ろしさは言葉で言い伝え切れず、どうしても伝えようがない。
 平和の申し子は飢えも知らないが、戦争をしながら、交易をするのは、あり得ない。飢える。
 日本中を弱虫だらけに。思いやりのある国に。そうなれば、国そのものが変わる。
 棄民(国家が国民を見捨てる事)は起こり得る。福島原発もそう。核廃棄物も「最後は金目でしょ」と発言しても、大臣を辞めなくて済むこの国は異常。民主党政権時代には、大臣が福島原発から帰って来て「移しちゃうぞ」と言ったその日に首だったが。
 だったら原発やめちゃえばいい。
 国は国民を捨てている。商売の為、外国の為に。
 戦前、軍隊が国体を守ると言った。天皇を拉致しておいて。彼らの論理がある。それと似たような事がある。
 自民党の憲法草案で、天皇陛下を元首にする、「基本的人権は認める」と書かれているが、基本的人権は憲法では、おかされてはいけないもの。政府は、我々があきれるのを待っている。国は、我々のもので、彼ら政府は事務員にすぎない。最高責任者は我々。論理矛盾は何もない。
 菅官房長官は「国民が臆病なのがいけない」と言ったが、臆病こそ、最高。
(以上)

2014年7月30日の活動

  

被災地視察
◆宮城県気仙沼市
 防潮堤建設見直しを実現したNPO『森は海の恋人』代表の方からお話を伺う。
 (資料:巨大防潮堤建設問題
 (代表の方は、NHKスペシャル『防潮堤 400km~命と暮らしを守れるか~』にも出演)


防潮堤建設計画を撤回させたお話を伺う(気仙沼市)。
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 海岸の管理者は7つに分かれる。ここは市の管理で、防潮堤の図面が作られる前の2011年夏に、防潮堤建設計画は“不要”だと住民100%の同意を取り付けた。
 防潮堤建設計画前に、高台移転が決まっていた。
 岩手県は、もともと防潮堤があったが、宮城県は少なかった。
 防潮堤計画は高さ9.9m。平地が少なく、垂直壁になってしまう。
 防潮堤の管理費は、100%地方自治体持ち。
 ここでは、カフェ系ツーリズムを行っており、外国人も対応したい。
 また、北海道南西沖地震の奥尻島を例に(復旧事業後、島の経済は地震前の3割に減)、8月末に奥尻の方を招いて、シンポジウムを開催予定。

視察②
◆仙台市荒浜地区
 防潮堤の見直しを求めている市民団体 荒浜再生を願う会代表など、被災された3人の方からお話を伺いました。
 この地区には、730世帯3,400人が暮らしていた。昔からの居住は400世帯以下。人口は昔と震災前は変わっていない。
 津波到達は3時半。
 小学校に避難した340人は全員助かった。犠牲187人のうち7割は家に戻った人。校長の判断で校舎に子供を残したが、保護者は子供が家にいるものだと家へ向かい、津波被害に


津波に襲われた時の仙台市荒浜小学校。
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2階まで津波が強い力で押し寄せた事が分かる。仙台市荒浜小学校。
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 震災時、連絡手段が断ち切られ、家族を心配し、家に向かうが、東部道路で津波が見えない。帰るろうとするのを止めるのを振り切り、亡くなった。
 海が見えなかったから犠牲に。防災無線は風の音で聞こえなかった。


鉄筋コンクリートの小学校(右上)以外、津波で何もなくなってしまった仙台市荒浜。(手前は家の基礎)
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 6mの防潮堤があった。防潮堤が滑り台になって、松の木をなぎ倒し、松の木が家を壊した。津波が最初に来るのは、水ではない。がれき、家。めちゃくちゃにされて終わり。
 地震のガレキを片付けていた人や、大事な物を取りに来て、津波にやられた人も。
 家の2階だけ1km流されて、助かった人も何人かいた。
 家より、家の中の宝物を無くしたのが、くやしい。
 地域に郵便局しか無く、タンス貯金が多かった。
 以前の災害では津波は来ていない。言い伝えは「地震はあっても津波は来ない」だった。1100年前の大地震では、ここは海だった。海抜5m。波分けと言う名の神社があったが。
 新しい地域の人は、津波の訓練はしておらず、公園に避難し、被害に。
 体育館1階に防災品があったが、津波に。
 貞山堀で津波がぶつかり、津波の高さは30mに。
 家族で普段話し合いをして、災害時は、てんでんこで。
 小学校の建物は遺構として残す事になった。
 防潮堤建設計画は、L2(数百年に一度発生する津波)・M9以上に備え、高さ7.2m、最大11m。斜度は30度を切ってる。
 砂浜は潮の流れ、台風によって、行ったり来たりする。掘削の為に、行きっぱなしになる。
 地形をいじくっては、自然に良くない。行政・有識者は分かっている事。自然にやられっぱなしでいい。田畑には、ミネラルが必要なので、山のほうでは、わざわざ海水を持って来て、田んぼに撒いている。
 災害は、人の開発では超えられない。
 東北にはゲリラ豪雨は来ておらず、対策を取っていない。
 防潮堤は60年しか持たないのに、何が安全なのか。「作りたい、経済・雇用だ」とはっきり言われた。
 防潮堤の建設工事は始まっている。1年くらいで出来てしまうのではないか。海は見えてないと怖い。ここは外洋に面した海岸。説明会はあったが、対話ではない。「持ち帰って検討する」と言うのみ。合意得ずに。
 宮城県は10年で復興と言っている中、仙台市は5年で復興すると言う。
 地震直後、信号が止まっても、車の割り込みは無かった。
 避難所は、いっぱいで入れなかった。
 ここは危険地域と指定されたが、移転地域は確定していない。
 農と食のフロンティアゾーンは、20ha以上の農地に補助するとの事。

視察③
◆石巻市
NPO石巻市復興を考える市民の会代表の方からお話を伺う。
 石巻市では、津波で2万世帯が家を失った。津波の高さ最大30m。
 流された家の屋根に乗ったまま流された人は、引き波で海に戻され、帰らなかった。
 石ノ森章太郎館では、職員が柱につかまりながら、津波で流れて来る人で、手が届く捕まえられる人を捕まえて、施設内に入れた。
 津波で電話ボックスの上に、たどりつき、助かった人も。
 石巻市は震災前、人口16万人から2万人減。2040年代には人口9万人と推計。
 防潮堤建設計画は、高さ6~15mではないか。
 石巻では駅前再開発が計画されている。
 復興住宅は、被災者が家賃を知らない。5年目まで半額。6年目から千円ずつ上がっていく。

今日見たTVで、荒川区ではジェネリックを使った事による、節約額を通知しており、例えば、聖マリアンナ病院では、4億円医療費が節減されたとの事。

2014年7月29日の活動

  

川越県土事務所道路相談課長。
市民要望対応。
市議と意見交換。
新聞作成。

2014年7月28日の活動

  

事務所。
高校生が来訪。
政策調査。
午前3時過ぎにも、市民来訪。
(4時に帰宅)

2014年7月27日の活動

  

事務所。
支援者訪問。
都市対抗野球、狭山市代表 HONDAを応援しようと、東京ドームに行ったのはいいが、2回戦で負けていたと知らず…。
県庁。
NACK5スタジアム。大宮アルディージャのスポンサー NTTの方とサッカー観戦しながら意見交換。埼玉県のサッカー文化の向上と、県営大宮公園の改善の必要性について聞く。

2014年7月26日の活動

  

事務所。
狭山台夏祭り。
狭山市駅西口商業施設地下にケーブルオープン式典。
市内自治会夏祭りを回る。
堀兼・入曽地区の方から、県道歩道整備・歩道除草の要望を頂く。
事務所。
(0時前に帰宅)